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佐賀地方裁判所 昭和57年(わ)115号 判決 1985年3月19日

主文

被告人増田正啓を懲役五月に、被告人竹内正宣を懲役三月に、被告人久保園芳博を懲役二月に、被告人金羽良成を懲役三月に、被告人峯田幸一を懲役二月に処する。

この裁判の確定した日から被告人増田正啓については二年間、被告人竹内正宣、被告人久保園芳博、被告人金羽良成、被告人峯田幸一については各一年間それぞれその刑の執行を猶予する。

理由

(本件犯行に至る経緯)

被告人らは、いずれも原子力発電に反対する立場の各種団体で結成された「玄海原発『公開ヒヤリング』をつぶす九州・山口実行会議」に所属し、九州電力株式会社が佐賀県東松浦郡玄海町に増設を予定している原子力発電所三、四号機の設置に関する第一次公開ヒヤリングをつぶすために地元住民への情宣活動及び通産省や九州電力株式会社との交渉等を行なっていたものであるが、昭和五七年五月二〇日、同年第二回玄海町議会臨時会が同月二二日に開催され「玄海原子力発電所三、四号機増設の促進を要望する意見書」が議決される予定であることが報道されたことから、これに抗議をするため同月二二日早朝右臨時会の開催が予定されている玄海町役場前に集合し、議員の入場を説得により阻止する活動を開始した。その間、同日午前八時三〇分ころ同町役場玄関前において傍聴の受付が開始されるとともに傍聴人を三〇名に制限する旨のはり紙が掲示され、右傍聴受付終了後の同四八分ころ同役場南側出入り口に傍聴を打ち切つたので入場を断る旨の町議会議長名の文書が掲示された。

(罪となるべき事実)

被告人らは、同日午前九時ころ、議会開会の放送を聞くや、外数名と共謀のうえ、

第一  同日午前九時二分ころ、佐賀県東松浦郡玄海町大字諸浦三三〇番地の二所在の玄海町役場二階会議室において開催されていた昭和五七年第二回玄海町議会臨時会の議事に対し抗議の意思表示をするなどしてこれを妨害する目的で、同町長日高一男管理にかかる同町役場の一階南側入口から、同町職員らの制止を振り切るなどして二階の町議会議場内まで立入り、もつて故なく人の看守する建造物に侵入し

第二  引き続き、折から開会中の前記玄海町議会臨時会の議場内において傍聴席から仕切りのロープを越えて議員席北側に一列になり、被告人増田の音頭により、大声で、「玄海原発反対」「推進決議を許さないぞ」などと怒号してシュプレヒコールを繰り返し、さらに被告人増田において同一〇分ころからはトランジスタメガホン(昭和五七年押第五八号の1)を用いて同様のシュプレヒコールを行ない、約一三分間にわたつて議場を混乱におとしいれて議事の進行を中断するのやむなきに至らしめ、もつて威力を用いて同町議会の業務である議事を妨害したものである。

(証拠の標目)<省略>

(法令の適用)

被告人らの判示第一の所為はいずれも刑法六〇条、一三〇条前段、罰金等臨時措置法三条一項一号に、判示第二の所為はいずれも刑法六〇条、二三四条、二三三条、罰金等臨時措置法三条一項一号にそれぞれ該当するが、判示第一の建造物侵入と判示第二の威力業務妨害との間には、それぞれ手段結果の関係があるので、刑法五四条一項後段、一〇条により、一罪として重い威力業務妨害罪の刑でそれぞれ処断することとし、いずれも所定刑中懲役刑を選択し、その刑期の範囲内で被告人増田正啓を懲役五月に、被告人竹内正宣を懲役三月に、被告人久保園芳博を懲役二月に、被告人金羽良成を懲役三月に、被告人峯田幸一を懲役二月に処し、情状により同法二五条一項を適用してこの裁判の確定した日から被告人増田正啓については二年間、被告人竹内正宣、被告人久保園芳博、被告人金羽良成、被告人峯田幸一については各一年間それぞれその刑の執行を猶予し、訴訟費用は、刑事訴訟法一八一条一項但書を適用して被告人らに負担させないこととする。

(弁護人らの主張に対する判断)

弁護人らは、第一、本件公訴提起は公訴権の濫用であり、公訴を棄却すべきである、そうでないとしても、第二、被告人らの各所為はいずれも構成要件該当性を欠き、第三、いずれも違法性を欠くから、被告人らは無罪であると主張するので、以下検討すると、被告人ら五名の当公判廷における各供述、証人越路幸治、同溝添隼人(以上の両名は被告人峯田に対する関係を除く)、同平山重興、同山崎隆男、同鶴田留蔵、同中山、同内山徹、同坪根徹、同日高一男、同前川昇、同石橋淳、同須藤真一郎、同大津啓、同平井孝治の当公判廷における各供述、第一回公判調書中の被告人ら五名の各供述部分、第六回公判調書中の証人吉田正昭、第七回公判調書中の証人松本恵一、同原田喜吉、第八回公判調書中の証人越路幸司の各供述部分、証人越路幸司、同溝添隼人に対する当裁判所の各証人尋問調書(但し右各証人尋問調書は被告人峯田に対する関係のみ)、検察事務官作成の捜査報告書、司法警察員作成の写真撮影報告書(三通)及び実況見分調書(二通)、司法巡査作成の写真撮影報告書(四通)及び捜査報告書、中山作成の捜査照会回答書、弁護士津留雅昭作成の写真撮影書、永倉三郎作成の念書、押収してあるトランジスタメガホン一個(昭和五七年押第五八号の1)、赤色はちまき一一本(同押号の2、3、6、12、13、15、17、18、22、24)、白色ゼッケン四本(同押号の4、7、14、19)、ビラ六枚(同押号の5、8、16、21、23、25)、笛四個(同押号の9、10、11、20)及び書籍類五三部(同押号の26ないし78)によれば、次の事実が認められる。

一本件臨時議会開催に至る経緯

1  佐賀県東松浦郡玄海町には、昭和五七年当時、既に九州電力株式会社(以下単に「九電」という。)の原子力発電所一、二号機(以下単に「一、二号機」という。)が建設されていたが、新たに三、四号機の建設が計画され、その誘致をめぐつて、同町内には、これを推進する者と反対する者とがあり、町住民で組織する「郷土の自然を守る会」(以下、単に「守る会」という。)は、三、四号機の誘致については、町当局に慎重な対応を求めていた。

2  昭和五七年五月一三日ころ、玄海町議会議員十数名は、九電本社を訪問し、九電との間で、三、四号機増設にあたつて、地域振興、町民福祉、地元雇傭等の問題について話し会つたが、日高一男玄海町町長(以下単に「町長」という。)もこれに同行した。

3  その後、同月中旬、玄海町議会議員一六名中共産党の議員一名を除く全員が会合を持ち(同志会)、佐賀県唐津市議会でなされたものと同様の「玄海原子力発電所三、四号機増設の促進を要望する意見書」(以下、単に「促進決議案」という。)を玄海町議会において議決する旨が話し合われた。そして、当時漁業関係者との間にはその補償について一応の合意ができていたものの、それ以外の町民の中には、三、四号機増設に批判的な意見もあり、町長の立場では提案しにくいなどの事情も考慮され、議員提案の形式で提出することになつたが、いつそのための臨時議会を持つかについての打ち合せはなされなかつた。

4  同月一九日の日中、九電関係者が玄海町役場を訪れ、九電と玄海町との間で前記2の問題につき九電が玄海町に協力する旨の念書が交された。これには中山玄海町議会議長(以下、単に「議長」という。)も立ち会つた。そして同日午後九時ころ、町長は昭和五七年第二回玄海町議会臨時会(以下、単に「本件臨時町議会」という。)を同月二二日に開催する旨告示した。右告示にかかる町当局提出議案は、専決処分の承認を求めること、玄海町国民健康保険税条例の一部を改正する条例の制定など全部で六議案であり、その中には、六月の定例議会を待つていては間に合わないものも含まれていた。なお、町長は、右告示に際して、促進決議案が議員提案として提出される予定であることを聞いていたが、右告示には当該議案は含まれていなかった。

5  同月二〇日、町長と議長は、連名で唐津警察署長に対し、本件臨時町議会の開催を阻止する動きがみられ、混乱が予想されることを理由として警備を要請した。また、同日町長から議長宛に告示をした旨の通知及び議案の送付を行ない、議長は町長に対し、議員の協力を依頼した。

6  同月二一日朝、玄海町役場では、課長会議がもたれ、具体的な警備分担を打ち合せた。同日、促進決議案は、前記一五名の議員から議長宛に正式に提出された。

7  被告人らは、いずれも原子力発電に反対する立場の各種団体で結成された「玄海原発『公開』ヒアリングをつぶす九州・山口実行会議」(以下、単に「九山実」という。)に所属し、三、四号機増設に関する第一次公開ヒアリングをつぶすために、地元住民への情宣活動及び通産省や九電との交渉等を行なつていたものであるが、同月二〇日、同日の新聞に同月二二日に本件臨時町議会が開催され、本件促進決議案が議決される予定であることが掲載されたことから右事実を知り、町長は三、四号機の増設にあたつては区長会で十分に住民の意見を聞くといつていたにもかかわらず、これを無視して三、四号機の建設を強行しようとしているとの認識から、これに抗議するため同月二二日に玄海町に集合すべく連絡を取り合つたが、当日玄海町でどのような行動をとるのかについて具体的な話はなされていなかつた。

二本件当日の状況

1  同月二二日午前六時三〇分ころ、既に玄海町役場周辺の者と思われる町民一〇ないし三〇名が同役場前に集つていたが、そのうち何名かは後刻傍聴人として議場に入つている。

2  同日午前七時三〇分ころ、被告人らを含む九山実の関係者が同役場付近に参集したところで、その運営委員が集まり、当日の行動について打ち合せをし、守る会と行動を共にすることを決定した。その中には、被告人増田及び同金羽も含まれていた。

3  同日午前八時過ぎころ、同役場前には大勢の人が集まつていたが、守る会会員の大多数は、近くの農協の駐車場へ行き、そこで鶴田留蔵ほか三名の同町会議員と話し合いをもつた。ここで九山実の当日第二回目の運営委員による打ち合せが行なわれ、その結果、うち一人が右駐車場に右話し合いの様子を見に行き、他の者は、役場前に残つた守る会の会員と共に議員の入場を説得により阻止する活動を行なうことを決めた。同日午前八時一五分ころ、同役場の通常の業務が開始され、役場内には一般市民が出入りできる状態となつた。

4  同日午前八時三〇分ころ、議会の傍聴の受付が開始されたが、右受付は町役場の原田建設課長・松本教育委員会課長・中島特別養護老人ホーム園長の三人が実施した。そして同三二分ころ、傍聴人を三〇名に制限する旨のはり紙が役場前の交通対策協議会の立看板の上にはられ、同三四分ころ、出入り口の交通に支障がある旨の紙を同町職員が手で持って示した。被告人らは、そのころから同日午前九時ころまで、町役場前において、スクラムを組むなどして町議員の入場を説得阻止する活動を行ない、シュプレヒコールをあげるなどしていた。そして、同日午前九時ころ、町役場内において、これから臨時議会が開会される旨の放送が流された。

5  被告人増田は、議場内の様子を見に行つた者から間もなく議会が始まる旨の報告を受けた後、右の議会開会の放送を開いて議会の開催を知り、議場においてシュプレヒコールをするなどの抗議の意思表示をするため、手で中に入る旨表示して、町役場南側出入口からカウンター前の通路を通り二階の議場に通じる東側階段を上ろうとし、金羽を除く他の被告人三名他赤はちまきをした十数名の九山実のメンバーが被告人増田に続いて役場内に入つた。被告人竹内、同峰田、同久保園も被告人増田と同様議場内で抗議の声を上げようと考えていた。被告人金羽は中でシュプレヒコール位はするだろうとの気持から福岡から持つてきたトランジスタメガホンを取りに行き数分遅れてその後に続いた。議場へ向う途中被告人増田は町職員に制止され、また、他の被告人らを含む十数名の者に対しても六ないし七名の職員が手を拡げて入場を阻止しようとしたが、被告人ら十数名はそのまま二階の中央にある議場に向い、東側出入り口から中に入った。

6  当時の玄海町役場は木造二階建の建物で、本件臨時町議会が行なわれた議場は、同役場内では最も大きい室で、東西九・九メートル、南北六・三七メートルの広さであり、町議会議員及び議会事務局員らがロの字の形で着席し、東側のすき間に傍聴席が設けられ、三〇名の傍聴人が座机の前に座つていた。議員席と傍聴席の間には腰付近の高さに一本のロープが張られ、その中央付近には立入を禁じる旨記載された議長名の紙が下げられていた。同日午前九時四分ころ、被告人増田を先頭に前記赤はちまきをした十数名の者は、右傍聴席から右のロープを越えて議員席北側に一列になって進入した。そして被告人増田以外の者は床に座り、被告人増田のリードでシュプレヒコールを繰り返した。被告人らが議場内に入つた際、既に本件臨時町議会は開催され、促進決議案を議事日程に入れる旨議決し、会議録署名議員を指名したうえ、会期を一日とする旨議決しようとしていたところであつたが、右のシュプレヒコールにより議事運営が困難となつたため、議長はシュプレヒコールの合い間をぬつて会期を一日とする決をとり、同日午前九時五分暫時休憩を宣言した。

7  同九時七分ころ、職員の一人が役場業務に支障があるので退場するように求めるプラカードを持つて議員席の中央付近で北側の被告人らに向けてこれを示したが、被告人らは退場せず、シュプレヒコールを繰り返した。同一〇分ころ、被告人金羽がトランジスタメガホンを持つて入り被告人増田にそのマイクを渡したところ、同被告人は右マイクを用いて前同様のシュプレヒコールを始め、被告人金羽はスピーカーを持つて立ち他の者は座つたままシュプレヒコールを続けた。これに対し議長はハンドマイクで退場を勧告した。この間、同室内には報道関係者及び警察の採証班員らが盛んに写真撮影を行なつており、議場全体は騒然とした状況となつていた。警察官は議場は議長の権限であることから直接退場を求める発言や行為はしておらず、被告人らも、警察官から退場を求められることはなかった。

8  同一四分ころ九山実のメンバーの一人である大津啓が議場に遅れて入る途中被告人らを逮捕するとの情報を聞き、これを被告人らに伝えたので、これを契機に被告人ら十数名は、スクラムを組んで退場を開始した。なお、赤はちまきの一団が入つてからは、役場内への出入りは事実上規制の失われた状態に置かれ、被告人金羽がトランジスタメガホンを持つて入場した際も、また、右大津が役場内を往復する時も制止や口頭注意を受けた形跡はない。同一六分ころ、唐津警察署幹部は、被告人らの行為態様に照らし、建造物侵入、威力業務防害により全員逮捕する旨の方針を立て、混乱を避けるためにまず移送隊型をとり、西側らから被告人らをはさむようにして役場外に移送したうえで身柄を拘束しようとしたが、その趣旨が全警察官に徹底せず、議場内においてシュプレヒコールなどを行なつた者のうち八名は拘束され唐津署に向うバスに乗せられたが、残りの者は、その場で解放された。逮捕か一時的な検挙かも末端の警察官に徹底を欠いていた。

9  同一七分ころ、議会は再開され、予定されていた執行部提出案件及び促進決議案は可決され、同日午前一〇時一分ころ、全議事日程を終え本件臨時町議会は閉会された。右促進決議案に対しては一議員から質疑省略に対する異議が出され質疑に入つたが、程なく質疑打切の動議が提出可決され、促進決議案は賛成多数で可決され、その際傍聴席からの野次はあつたものの、さしたる混乱はなかつた。

以上の事実に基づき、以下各主張について判断する。

第一公訴棄却について

弁護人らは、本件被告人ら五名に対する公訴提起は、当該行為による実質的な法益侵害が極めて軽微であつて殆ど皆無に等しいものであるにも拘わらず、政府・電力資本の利潤追求のための原発推進政策に迎合する、住民の意思を無視した玄海町当局・議会の原発反対運動封じ込めの意向に加担し、原発反対運動に加え、これを封殺することを企画して行なわれたもので、原発の危険性・反社会性、被告人らの反原発運動とその意義、本件臨時町議会の不当・違法性、被告人らの行為態様、逮捕の経緯などに照らすと、憲法一四条、二八条、三一条などを始め全法秩序に違反する違憲・違法なものであるから、公訴権の濫用であり公訴を棄却すべきである旨主張するので以下検討する。

検察官には、公訴を提起するかしないかについて広範な裁量権が認められており、公訴の提起が不相当で裁量権を逸脱しているとみられる場合であつても、これが直ちに無効となるものではないが、しかし、その逸脱の程度が大きく、公訴の提起自体を無効としなければ著しく正義に反すると認められる場合、例えば、職務犯罪を構成するような場合などこれが濫用にわたるときには、公訴の提起は無効であり棄却されるべきである。

そこで本件についてこれをみると、前記認定の事実及び前掲各証拠によれば、原子力発電所が核分裂反応のエネルギーを利用するという点については核兵器と無縁ではなく、その稼動により放射性廃棄物が産み出されるのであり、従つて、その取扱いには慎重を期し、十分な安全性を確保する必要のあること、アメリカ・スリーマイル島では原子力発電所での放射能汚染事故が起つており、国内でも玄海原発一、二号機を含めて、いくつかの原子力発電所で事故ないし故障の生じていること、原子力発電所設置に関する公開ヒアリングでは、反対派住民がポイコットするなどし、十分には地元住民の意向が反映されるようには機能していない場合のあること、玄海原発一、二号機設置をめぐつて玄海町では汚職事件が生じたことのあること、被告人らは必ずしも同じ行動をとつてきた訳ではないが、主として原子力発電所が危険であるとの考えから、原子力発電に反対する情宣活動などを続けてきた者達であり、地元住民組織である守る会との共闘関係はないものの、地元住民の意向を無視して外部から参集し過激な行動をとつてきたものではなく、当日も基本的には守る会と行動を共にするとの方針で臨んでいたこと、本件臨時町議会は、玄海町住民の相当数の者で組織する前記守る会の、玄海原発三、四号機設置についての促進決議案を議会で議決する前に十分区長会などで住民の意見を聞いて欲しいとの要望があつたのにもかかわらず、十分な話し合いのないままに急拠開催されたもので、手続的にも三日前の午後九時という時間に臨時町議会開催の告示がなされるなどその開催の経緯にはやや相当性を欠いた点が見られ本件後には町長に対するリコール運動が相当程度広がつたこと、被告人らには議決を阻止する意図まではなく、以上の経緯に対する憤りから、議会において抗議の意思表示をしようと考えたにとどまること、本件当時玄海町役場内には一般住民の出入りは自由になされており、また、議場内においても、多数の報道人が入って写真撮影、メモなどを行なつており、議長や事務局長が知らない状況の下で多数の警察官が身分を知られることなく写真撮影等の採証活動を行なつていたこと、被告人らが議員席の後ろに入つたのは、抗議の意思表示をするのに議場が狭くて居場所がなかったからであり、ことさらに議員を威圧する意図はなかつたこと、赤はちまきをし、被告人らと議場内で共にシュプレヒコールをした十数名のうち、被告人らを含む八名のみがバスに乗せられて唐津署に連行され、その後二名のみが同日の唐津署に対する抗議行動の際、緊急逮捕され(うち一名は被告人峯田)、一名が公務執行妨害で現行犯逮捕されたが、以上の逮捕者のうち被告人ら五名のみが公訴を提起されたことなどの事実が認められる。

しかし、他方で、前記認定のとおり、議長が議事を休憩したのは、被告人らのシュプレヒコールによつて進行が困難になつたと考えられたためであること、本件臨時町議会が五月二二日とされたことには九電の念書差入れが機縁となつていると推測されるも、五月中に審議を要する議案が数件あり、その審議も予定されていたこと、被告人らのシュプレヒコールにより約一三分間議事の進行が中断したこと、本件臨時町議会の開催についてはその経緯に照らし相当でない点はあるものの、手続的には違法なものとは言えないこと、本件逮捕の過程には全員逮捕の趣旨が徹底せず、一旦身柄を拘束されながら解放される者が出るなどし、結果的には公平を欠く取扱いとなつたのであるが、これは意図的なものではなく、また同一行動をとつた者の全員を起訴せず、その一部の者を起訴したからといつて、起訴不起訴は当該行為態様のみに基づいて決するわけではないのであるから、これを以つて裁量権を逸脱した公訴の提起であるともいい難いことなどの事実も認められるのであつて、以上の事実を総合考慮すると、臨時町議会の議事という業務の重要性、妨害の態様、妨害の時間、公訴提起に至る過程などに照らし、本件起訴が検察官の裁量を逸脱したもので公訴を棄却しなければ著しく正義に反するとは認められない。したがつて本件が公訴権の濫用による起訴であつて公訴を棄却すべき旨の弁護人の主張は採用できない。

第二構成要件該当性について

一建造物侵入について

弁護人らは、本件建造物の公共性、立入り行為の態様、立入りの目的に照らし、被告人らの本件立入り行為は「故ナク……侵入」に該当しないから被告人らは建造物侵入の訴因につき無罪である旨主張するので検討する。

故なく侵入したか否かは、その立入りの目的、行為の態様、当該建造物の性質・管理状況、行為当時の四囲の状況など諸般の事情を総合勘案し、その平隠を害するような違法なものと言えるかどうかを判断すべきであるところ、前記認定の事実及び被告人ら五名の当公判廷における各供述、証人越路幸司、同溝添隼人(以上の両名は被告人峯田に対する関係を除く)の当公判廷における各供述、第六回公判調書中の証人吉田正昭、第七回公判調書中の証人松本恵一、同原田喜吉、第八回公判調書中の証人越路幸司の各供述部分、証人越路幸司、同溝添隼人に対する当裁判所の証人尋問調書(但し右各証人尋問調書は被告人峯田に対する関係のみ)によれば、本件建物は、玄海町役場であり、公共の建物であって、立入りの時刻である午前九時二分ころには、既に通常の役場業務は開始され、町民は自由に役場内に出入りできる状態にあつたこと、議会の議場は本来公開の場であり、その立入りが当然に禁止されている場所ではないこと、議場内には本件当時、町議会議員、町役場関係者、傍聴券を交付された一般傍聴人の外にも、採証活動に従事していた警察官、報道関係者なども立入っており、その出入りは自由になされていたこと、被告人らの立入りの目的は、傍聴席などから抗議の意思を表明することで、本件促進決議を物理的に阻止することではなかつたこと、被告人らが立入るに際し、六ないし七名の町職員が制止したが、必ずしも全員がこれによつて物理的に制止を受けたものではないことなどの事実が認められるが、その反面、町役場の通常の業務は一階カウンターで行なわれており、二階の議場に行くには、一階の北側で上履きに履き替えなければならない構造となっており、これを越えてまで一般市民が自由に出入りできる状況ではなかつたこと、議場内は被告人たちが居場所に困つたほど狭く、傍聴人を三〇名に制限したのは物理的に見て不相当であつたとは言えず、被告人らが立入りを開始したときには、既に傍聴人の受付は終了しておりその後の入場は断る旨の議長名の文書が役場南側出入り口の東側の扉に掲示されていたこと、被告人らは、右の掲示により議場内への入場が制限されていることの認識を有していたこと、被告人らが議場内に入ろうとした目的は、ただ黙つて議会の推移を見届ようとするものではなく、約束に反した強行採決をするもので、これが可決されてしまえば三、四号機の建設に向けてまつすぐ進んで行つてしまうとの危機的認識から、やむにやまれぬ気持で抗議の意思を表明するために庁舎内に入つたものであり、議場内でシュプレヒコールなどを行なえば、これが議事進行の妨害になるであろうことは当然に予測しえたものと考えられること、報道関係者や採証活動にあたる警察官は、専ら取材ないし採証活動に従事するために議場内に立入つていたものであり、具体的に議事進行の妨げとなるような行為はなされておらず、実際にも被告人らが入場する前及び退場後は、多少の野次はあつたものの、議事運行が中断されるような事態は発生していないこと、ただ議長及び町議会事務局長は警察官が議場内にいたことは知らなかつた旨供述しており、そうすると身分不明の者が議場内において写真撮影をすることなどを黙認していたものとも考えられ、傍聴券を有する者以外の者の入場を全面的に排除する意思ではなかつたものというべきであるが、しかし、それはあくまで議事進行を妨げないという前提で許容されていたにとどまり、十数名の者が一度にシュプレヒコールをするなどして、議事進行に支障を生ぜしめるような場合まで許容していたとは認められないこと、また被告人らは上履きに履き替える場所を識別するゆとりもなく、相当速い速度で一団となつて立入つたもので、特に訓練を受けていない通常の職員が、その主体的判断によつてこれを制止しなくてはいけないと感じさせる程度にその平隠を害するような態様の立入りであつたと推認されること、上司の指揮によつてのみ行動する採証活動に従事していた警察官が町長が庁舎管理権を持つ町役場内において町の要請なくして被告人らを制止しなかつたとしても、積極的にこれが住居の平隠を害する立入りでないと認めたからであるとは言えず、また、警備の経験のない町職員が多数で移動していく被告人らを十分に制止できなかつたからといつて(中には危ないから無理をしない方がいいと注意した職員もいる)、当然にその立入りが許容されていたことにはならず、かかる状況の下で直接身体に接触するような物理的な制止を受けなかつた故を持つて、その立入りが許容されていると判断したとしても、その違法性の意識が失われるものではないことなどの事実も認められるのであり、以上の諸事情を総合考慮すると、被告人らの本件立入りは、住居の平隠を害するものであつて、故なき侵入に該当するといわなければならない。

二威力業務妨害について

弁護人らは、(一)本件臨時町議会の議事は威力業務妨害罪の「業務」には該当しない。(二)本件臨時町議会の議事は刑法上保護に値しない違法なものであるから「業務」には当らない。(三)被告人らの本件所為は、その目的・行為態様・当時の議場の状況などに照らし「威力」には該当しない旨主張するので以下検討する。

(一)  本件臨時町議会の「業務」性について

一般に「公務」は威力業務妨害罪の「業務」に当然に該当するものではないが、その「公務」が公権力の行使としてその執行という性格を持たず、かつ、一般私人の「業務」と同様偽計または威力等による妨害からこれを保護する必要性を有するものは、その刑法的保護において私人の「業務」と区別しこれを保護の対象から除外すべき合理的理由は存しないのであるから、その限度において本罪の「業務」に該当するというべきである。

そこで本件についてこれをみると、本件の妨害の対象となつたものは地方公共団体である町の立法機関である町議会の議事であり、その議事そのものは公権力の行使ではなく、また、その執行という性格を持つものではなく、かつ、私企業における会議や集会の議事とその刑法的保護の必要性においてなんら区別されるべき合理的理由は存しないのであるから、本罪の「業務」に該当するというべきである。なお、これに対して、弁護人も主張するように、かかる議事の開催に附随してなされる庁舎管理規程に基づく警備作業としての業務や地方自治法一二九条などに規定されている議長の秩序維持権に基づく行為は公権力の行使として認められるものであり、これに基づいて制止する職員の行為は「業務」ではなく「公務」であつて、これに対しては公務執行妨害罪が適用され、威力業務妨害罪は成立しないと解すべきである。しかし、これはあくまで前記規定に基づく議長の職務であつて、これと町議会自体によつて運営される臨時町議会の議事とは、はつきりと区別されるべきで、弁護人の主張はこの両者を区別しないものであつて採用することはできない。また、弁護人の引用する最高裁判例が「現業的」という文言を使用しているとしても、それがいわゆる三公社五現業のみを指し、それ以外の一切の公的な業務を刑法二三四条の「業務」から除外する趣旨であるとまでは解されない。

(二)  本件臨時町議会の違法性

刑法二三四条の「業務」は、刑法上保護に値する業務でなければならず、その業務自体が違法であつて、これを保護すべきではないと認められる場合には、これを威力を用いて妨害しても威力業務妨害罪は成立しないというべきである。

そこで本件についてこれをみると、前記認定の事実によれば、本件臨時町議会の中心的議案は本件促進決議案であつたこと、本件臨時町議会の告示は三日前の午後九時になされたこと、本件促進決議案を町議会で議決することについては、町民内部で強い反対があり、議長及び町長において、告示が五月一九日午後九時であり、その議案には本件促進決議案は含まれておらず、かつ、外部の者がおしかけることを予測していなかつたのにもかかわらず、翌二〇日には、開催を阻止する動きがみられ、混乱が予想されるという理由で唐津警察署に協力要請を行なつており、当初から相当数の反対を押して開催するべく企図されていたことが認められ、その開催については、十分に町民の意向を汲み尽くしたものと言えるかについて必ずしも疑問がないではなく、その手続きにも夜間の告示という相当でない点のあつたことは否めないのであるが、しかし、町長が原発反対派住民に対しどのような約束をしていたかは必ずしも明らかではなく(町長自身は約束してはいないと供述する)、本件臨時町議会の開催が住民の意思に全く反するものとは断定できないこと、告示の時間については相当性を欠くも、これを違法であるとまでは言えず、また、議員提出予定の案件は、当日反対が非常に強い場合などその政治的配慮からこれを提出しないこともありうるのであり、事実上告示前に右議員提出予定案件の存在を知つたからといつて、これを必ず執行部である町長において告示に併せ掲記しなければならない義務があるものではなく、本件促進決議案を執行部提出案件と共に告示に掲記しなかつたことをもつて、本件臨時町議会が当然に違法となるものではないこと、本件臨時町議会では促進決議案のみでなく、同年五月中に決議を要する執行部提出案件の審議が予定されており、右はいずれも一人の反対もなく議決されていること、その他に本件臨時町議会の開催を特に違法とするような事情の認められないことなどを総合考慮すると、本件臨時町議会開催の経緯には、反対派住民の十分な納得が得られないままに行なわれた面があるのは否定できないとしても、これらの諸事情から本件臨時町議会が刑法上の保護に値しない違法な業務であるということはできない。

(三)  被告人らの所為の「威力」性威力業務妨害罪における「威力」とは、人の意思を制圧するに足る勢力を用いることをいい、当該所為が「威力」を用いたと言えるかどうかは、行為者の意思、行為の態様、業務の性質など諸般の事情を考慮して慎重に判断すべきところ、前記認定のとおり、被告人らの主たる活動は、原発の危険性、反社会性について情宣活動を行なうことで、本件臨時町議会で「守る会」の意向に反して本件促進決議案が決議される予定であると知り、これに反対の意見を表明するために為した行為であり、すすんで議員の意思を制圧し、積極的にその業務を妨害して促進決議案を議決させないことを目的としたものでなかつたことは、所論のとおりであるが、しかし、前記認定の事実及び証人山崎隆男の当公判廷における供述によつて被告人らの具体的行為をみると、傍聴席が入口近くに設けられ傍聴人が座つている状況を認識しながら、敢えてしきりのロープを越えて、議員席の真後ろに十数名で相互に反対の意思を表明すべく座り込み、約一三分間にわたつてほぼ間断なく声をそろえてシュプレヒコールを繰り返したもので、その間被告人らが入場して約二ないし三分たつた午前九時七分ころには退場を求めるプラカードが被告人らに認識可能な位置に示され(その文言は役場業務に支障があるので退場を求める内容で町長名義のものであるが、これが議事の妨げになるとして退場を求められている趣旨のものであることは被告人らの置かれた当時の状況から十分に認識できていたはずである)、さらには同一〇分ころからは被告人増田において被告人金羽の持参したトランジスタメガホンを用いてシュプレヒコールを行ない、同一四分ころ逮捕の動きがある旨の情報が入つたことにより、ようやく退場するに至つたものであること、また被告人らが議場に入つた際には、議事日程を何日にするかを審議していたところであり、被告人らがシュプレヒコールを始めたため、議長は、とりあえずその合い間をぬつて議事日程を一日とする旨の議決を得て、それ以上の審議の続行は困難と判断し、休憩を宣言するに至つたこと、議長席から離れた位置にいた議員には、議事日程を一日とする旨及び休憩を宣言する旨の議長の言葉も十分に聞きとれず、向い側に位置する議員が議員の名札を前に倒したのを見て休憩の宣言を知つたという情況にあつたこと、以上の具体的事実を見るとき、被告人らが十数名で意思を通じて議員席の後ろに並び、退場勧告を無視してシュプレヒコールを繰り返した所為は、本件臨時町議会を構成する議長及び各議員の意思を制圧するに足るものであつたといわねばならず、右は威力業務妨害罪の「威力」に該当するというべきである。

第三違法性について

弁護人らは、被告人らの本件各所為は本件に至る経緯、動機・目的の正当性、手段・方法・態様の相当性、結果の軽微性、緊急性等に照らし、正当行為として、或いは実質的(可罰的)違法性を欠くものとして、罪とならない旨主張するので以下検討すると、前記認定のとおり、被告人らの本来の活動の目的やその手段としての情宣・説得活動は、それ自体何等不当なものではなく、本件に至る経緯に照らせば、本件臨時町議会での促進決議案の議決に対し抗議の意思を表明しようとしたことは十分に理解できるものであるが、しかし、既に詳細に述べたとおり、本件臨時町議会の開催それ自体は違法なものということはできず、これを被告人らのシュプレヒコールによつて約一三分間中断せしめたという前記認定の事実関係の下では、その手段・態様は相当性を欠き、その結果も可罰的違法性を欠く程に軽微であつたとは言えず、また、本件所為をなさなければ別の法益が侵害されるといつた緊急性は認められず、そうすると、これをもつて正当行為ということはできず、また実質的違法性を欠くとも言い難い。

以上のとおり、弁護人の主張はいずれも理由がなく、これを採用することはできない。

(量刑の理由)

被告人らは、地方公共団体の立法機関である町議会の議決に対し、抗議の意思表示をするため、土足で開会中の議場内に立入り、シュプレヒコールを繰り返し、再三の退場勧告を無視して約一三分間にわたり議事を中断させたものであつて、原子力発電の問題が当該地方公共団体のみに関わるものではないとしても、本件臨時町議会においては、本件促進決議案以外にもいくつかの議案の審議が予定されていたのであり、また、本来地方議会は住民自治に則りその地方の意思を住民の代表者である議員の意思によつて決定しようとするもので、その住民ではない被告人らが、一部住民の意思に即してなした行為であるとはいえ、これを威力を用いて妨害することは許されるものではなく、その責任は軽視できない。また、その態様も、被告人金羽は、議場内にトランジスタメガホンを持参し、これを被告人増田に手渡し、同被告人において、これを用いてマイクでシュプレヒコールの音頭をとつたもので、その妨害の程度は大きいものといわねばならない。

ただ、被告人らが本件所為に出るに至つた経緯をみると、もともと被告人らの所属する「九山実」は、原子力発電の持つ危険性を認識した者たちが集まつて、公開ヒヤリングを開催させないことを目標にして、周辺住民らにその危険性を訴える活動を行なつてきたものであり、本件当日も、原子力発電の安全性について疑念を有する玄海町住民らとともに同町議会議員らに対し、促進決議案の議決を待つように説得活動を行なつていたもので、それが効を奏さず、議会が始まるに至つたため、やむにやまれぬ気持から行なつた偶発的犯行であり、議決を物理的に阻止するまでの意図はなく、その結果も、議事が中断されたとはいえ、一時的なものであり、当日予定された会期内に全議案が議決され、実害はさほど大きいものではなかつたということができ、また、本件臨時町議会開催の経緯をみると、被告人らが抗議の意思表示をしたいとの気持を抱くに至つたことには理解できるものがある。以上のような諸点に、各被告人が本件所為を惹き起すにおいて果たした役割、議場内における行為態様、再犯のおそれ、年齢、職業など諸般の事情を考慮したうえ、被告人らに対し、それぞれ主文掲記の刑を量定したものである。

よつて、主文のとおり判決する。

(寺坂 博 吉武克洋 大塚正之)

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